2012年の年明け以降、安岡力也さんの体調は急速に悪化していきました。癌の肺転移による呼吸苦、そして度重なる感染症がその肉体を削り取っていきます。しかし、入院先の病室で見せた態度は、最後まで周囲が知る「強い安岡力也」そのものでした。
意識が朦朧とする中でも、見舞いに訪れた仲間や息子の力斗さんに対しては気丈に振る舞い、弱音を吐くことは一切ありませんでした。担当医師や看護師に対しても、声が出しづらい状態でありながら常に会釈をし、感謝のジェスチャーを欠かさなかったと伝えられています。そして2012年4月8日午前6時1分、力斗さんや元妻をはじめとする近親者に見守られながら、穏やかに息を引き取りました。
同年5月24日、東京・青山葬儀所で営まれた「安岡力也さん お別れの会」には、芸能界やスポーツ界から約800名が参列しました。祭壇には、トレードマークのサングラスをかけ、不敵な笑みを浮かべる遺影が飾られました。発起人代表を務めた盟友・梅宮辰夫さんは、涙で声を詰まらせながら次のような弔辞を捧げました。
「力也、お前は本当に強い男だった。最後の最後まで病気と闘い抜いた。あんなに痛くて苦しかったはずなのに、俺たちの前では一度も泣き言を言わなかったな」
出棺の際には、伝説のギャグキャラクター「ホタテマン」のテーマ曲『ホタテのロックン・ロール』が大音量で流されました。参列者全員が「力也!」「ありがとう!」と叫び、手拍子で送り出すという、前代未聞の明るく力強い旅立ちでした。強面でありながら誰からも愛された安岡さんの人柄を象徴する光景として、今も人々の記憶に刻まれています。