慰安婦像を巡る対立の根底には、社会学および国際政治学でいう「記憶の政治学(メモリー・ポリティクス)」の衝突が存在します。
設置側は、「自民族の過去の被害」という狭い枠組みから脱却し、現代の世界共通言語である「普遍的な女性の人権保護」「戦時性暴力の再発防止」というナラティブに巧みに接合させました。これにより、本来は日韓二国間の歴史的・法的な係争事案であるにもかかわらず、欧米のリベラル知識層や地方議会を味方につけることに成功したのです。
対する日本側は、日韓請求権協定やアジア女性基金、2015年日韓合意といった「法的妥結と償いの事実」を理路整然と説明するアプローチを主軸としてきました。しかし、国際世論の場では、複雑な外交条約の法理よりも、感情に直接訴えかける「ブロンズの少女像」という視覚的シンボルの方が圧倒的な拡散力を持ってしまったのが現実です。
この摩擦を解消するための教訓は明白です。日本側が単に「不当な像を撤去せよ」と感情的に反発するだけでは、国際社会から「歴史を隠蔽しようとする歴史修正主義」との誤解を受けかねません。必要なのは、日本が戦後一貫して守ってきた平和国家としての歩みや国際貢献、そして元慰安婦に対する歴代内閣の謝罪と人道支援の客観的経緯を、粘り強く多言語で世界に発信し続けることです。象徴を巡る感情論の応酬を排し、双方が歴史の多角的事実と国際法秩序に立ち返ることこそが、分断を止める唯一の道です。