大澤誉志幸「そして僕は途方に暮れる」時代を超える名曲の真相と現在

大澤誉志幸「そして僕は途方に暮れる」時代を超える名曲の真相と現在

大澤誉志幸「そして僕は途方に暮れる」時代を超える名曲の真相と現在にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

『そして僕は途方に暮れる』が世に送り出されたのは1984年9月21日。大澤誉志幸にとって通算5枚目のシングルであり、名盤として名高い3rdアルバム『CONFUSION』からの先行シングルとしてリリースされました。当時、ロックバンド「クラウディ・スカイ」を経てソロデビューを果たしていた大澤は、すでに先進的なアレンジとブラックミュージックのグルーヴを日本の歌謡界・ポップス界に持ち込む気鋭のクリエイターとして熱い注目を集めていました。

本作の誕生において決定的な役割を果たしたのが、日本ポップス界の巨匠である作詞家・松本隆の存在です。大澤が書き上げた哀愁漂うメロディのデモテープを受け取った松本隆は、都会の片隅で繰り広げられる男女の別れの情景を、極めて映画的かつ叙情的な言葉で紡ぎ出しました。

制作当時、大澤が提示したダンサブルでありながらどこか切ないコード進行に対し、松本隆はあえてウェットになりすぎない「乾いた喪失感」を注入します。この二人の化学反応によって、従来の歌謡曲的な湿っぽさを排した、極めて洗練された80年代型シティポップのプロトタイプが完成したのです。大澤自身も後に「松本さんの歌詞が上がってきた瞬間、楽曲の世界が一気に立ち上がった」と回想しており、まさに作家同士の魂の共鳴が生んだマスターピースでした。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。