宇多田ヒカルと母・藤圭子の関係は、単なる仲の良い母娘という言葉では片付けられない、深い敬愛と激しい葛藤が入り混じった特別なものでした。宇多田照實氏と藤圭子氏は通算7回もの離婚と再婚を繰り返したことでも知られ、家庭環境は常に予測不能なエネルギーに満ちていました。
ヒカル本人が過去のインタビューで語ったところによると、母・藤圭子は非常にチャーミングで愛情深い一面を持つと同時に、突発的に全財産に近い額をギャンブルで使ってしまったり、突然旅に出てしまったりするような破天荒な気質を持っていたといいます。
1998年に宇多田ヒカルが『Automatic / time will tell』でデビューした際、当初は親の七光りと言われることを避けるため「藤圭子の娘」である事実は前面に出されませんでした。しかし、その歌唱力の高さが認知されるにつれ、「あの藤圭子の娘が新しい時代のR&Bを歌っている」と世間を大きく驚かせました。ヒカル自身、母の歌唱力について「鳥肌が立つほど上手い。自分にとって一番の憧れでありライバル」と常に最大の敬意を払っていました。