GHQによって12の会社に解体された旧企業の各資本は、やがて集結し、1953年に富士重工業として再スタートを切る。ここで立ち上がったのが、国民車構想に応えるスバル360開発プロジェクトだった。
「大人4人が乗れる軽自動車など作れるはずがない」という当時の常識を、元航空エンジニアたちはモノコック構造の採用やフルインディペンデント・サスペンションの導入で覆してみせた。「てんとう虫」の愛称で親しまれたスバル360の誕生は、日本の自動車産業における金字塔となり、モータリゼーションの扉を力強く押し開けた。