この儀式の原型を紐解くと、古代から中世へと遡る。もともとは特定の人間に呪いをかけるためではなく、神に願掛けを行う「丑の刻詣(うしのこくまいり)」という至って純粋な神道上の祈願だった。それがいつしか、ドロドロとした強い怨念を伴う私刑の呪法へと変容を遂げていく。
神道民俗学の知見によれば、藁人形は呪う対象の分身(身代わり)として見立てられ、そこに相手の髪の毛や爪、あるいは生年月日を記した紙を封じ込めることで、呪術の効果を劇的に高めると信じられていた。また、現代人がイメージする「藁人形に五寸釘を打ち込む姿」を決定づけたのは、江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕の存在が大きい。彼が描いた妖怪画集本における描写が版元を通じて民衆へ広まり、恐怖心を強く刺激したのだ。神聖な祈りが陰惨な呪詛へと裏返った背景には、過酷な封建社会で鬱屈した感情を抱える庶民の、反転した精神的救済という皮肉な歴史が存在している。