1995年、「夢見る少女じゃいられない」で鮮烈なデビューを果たした相川七瀬。その才能を見出し、唯一無二のロックヒロインへと育て上げたのが、稀代のヒットメーカーである織田哲郎だった。「バイバイ。」や「恋心」など、チャートを席巻したナンバーの数々は、すべて織田の手によるプロデュースだ。
当時、テレビの音楽番組やライブステージで見せた二人の息の合った掛け合いは、単なるビジネスパートナーを超えた圧倒的な密度の濃さを感じさせた。メディアへの露出が増えるにつれ、視聴者の間では「プライベートでも付き合っているのではないか」「実は極秘裏に結婚しているのでは」といった推測が自然発生的に広がっていったのである。