SNSを開けば他人の華やかな生活や完璧な美しさがタイムラインを埋め尽くす現代において、なぜ私たちは今なお立花みかんに惹かれ、救われるのでしょうか。メディア編集部として導き出した結論は、彼女が体現する「完璧を目指さない、ほどよい自己肯定感」の価値にあります。
みかんは、成績優秀な弟のユズヒコのように要領よく勉強をこなすことはできません。学校のヒロインのように男子から引く手あまたでもありません。それでも彼女は、休日にベッドの上でゴロゴロしながらポテトチップスを食べ、「あーあ、どっかに白馬の王子様落ちてないかな」と呟く自分を、心の底では嫌っていません。情けない自分を笑い飛ばし、ベア研の仲間とお茶を飲みながらくだらない話に花を咲かせることで、自分自身の存在をまるごと引き受けています。
この作品を今改めて深く味わうべき人、そしてあらかじめ留意すべき人の判断基準は以下の通りです。
【今すぐ『あたしンち』のみかん編を観るべき人】
・SNSの同調圧力や「完璧な自分」を演じることに息苦しさを感じている人
・母親や家族との距離感に悩み、程よい精神的自立のヒントを探している人
・日常のささやかな出来事、夕方の商店街の匂いや家族の笑い声に温もりを感じたい人
【あまり向いていない・慎重になるべき人】
・起承転結の激しいサスペンスや、劇的な恋愛関係の急速な進展のみを求めている人
・昭和・平成的な家族の図々しさやプライバシーの緩さに強いトラウマや不快感を持つ人
肩の力を抜き、等身大の自分を愛することの大切さを、みかんの日常は言葉ではなくその生き様を通じて教えてくれます。