若林正恭さんが進学した東洋大学文学部日本文学科については、ネット上でも「なぜ日本大学へそのまま進学しなかったのか」「なぜ夜間部だったのか」という疑問が多く検索されています。その真相は、高校時代の素行と学業不振による推薦枠の喪失でした。
自著『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』やラジオ番組『オードリーのオールナイトニッポン』で本人が語った告白によると、高校時代のアメフト部引退後、授業態度の悪さや成績不振が重なり、日大への内部推薦資格を得ることができませんでした。一般受験でも現役合格が難航し、唯一合格を掴み取ったのが東洋大学文学部第2部(夜間部)だったのです。
当時の様子について、若林さんは次のように回顧しています。
「昼間はアパートや喫茶店で時間を潰し、夕方から白山キャンパスへ通う日々に強い劣等感があった。周りの同級生がキラキラしたキャンパスライフを送る中、自分は何者でもないという焦燥感に苛まれていた」
しかし、若林さんはそこで腐ることはありませんでした。夜間部に入学後、真面目に講義へ通い優秀な成績を修めることで、第1部(昼間部)への転部試験に合格。日本文学科の正規課程をストレートで卒業するという粘り強さを見せました。大学時代に近代文学や哲学に触れ、自己と向き合い続けた孤独な思索の日々が、後にベストセラー作家としても評価される若林さんの鋭い人間観察眼と文章力の基礎を築いたと言えます。