当時、圧倒的な破壊力と勝負強さを誇った駒大苫小牧の3連覇を、なぜ早稲田実業は阻むことができたのか。その最大の要因は、斎藤佑樹の並外れた修正能力と、早実バッテリーが徹底した「配球の逆算」にありました。
甲子園期間中、斎藤佑樹は全7試合(69イニング)を投げ抜き、総投球数948球・奪三振78・防御率1.17という異次元の成績を記録しました。走者を背負ってからのギアチェンジ、低めに集めるスライダーとフォークの精度が、強力無比な駒苫打線の決定打を封じ込めたのです。さらに早実の野手陣は、打球傾向をデータ分析した緻密な守備シフトを敷き、外野の間を抜かせない堅守でエースを支えました。
そして迎えた再試合の9回表、2死走者なし。打席には3番・田中将大。球場全体が地鳴りのような歓声に包まれる中、カウント2-2からの7球目、斎藤が投じた球種は外角高めへの144km/hのストレートでした。鋭くバットを振るった田中でしたが、打球は空を切り空振り三振。この瞬間、早実の初優勝が決まりました。決め球に変化球ではなく渾身の直球を選択したバッテリーの勝負勘が、勝敗の分水嶺となったのです。