この歴史的傑作は、稀代のプロデューサーであるクインシー・ジョーンズの鋭い閃きから生まれた。彼は『スリラー』の制作中、ザ・ナックの「マイ・シャローナ」のような、黒人音楽ファンも白人ロックファンも同時に熱狂できる骨太なトラックを求めていた。
当時、マイケル本人はロックに強い関心を示していなかった。だが、クインシーの助言を受けて彼が書き上げたデモテープは、研ぎ澄まされたビートとエッジの効いたリフが交錯する極上のダンス・ロックだった。所属レーベルのエピック・レコードも、この異色のクロスオーバーに勝機を見出す。R&Bとロックを隔てていた分厚い壁は、この一曲の誕生によって崩壊へと向かい始めた。