松本龍氏は1951年、福岡県の有力な建設会社「松本組」の創業家にして、部落解放運動の指導者であった松本治一郎氏の孫として生まれました。専修大学を卒業後、衆議院議員秘書を経て1990年の衆院選で旧社会党から初当選。通算7期にわたり当選を重ねたベテラン議員でした。
2010年の菅内閣では環境大臣として初入閣し、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の議長を務めて「名古屋議定書」の採択をまとめるなど、実務面では一定の手腕を評価されていました。
しかし、2011年の復興相辞任劇によって政治生命は致命的な打撃を受けます。翌2012年の第46回衆議院議員総選挙で落選し、そのまま政界を引退。表舞台から姿を消しました。
その後、晩年は闘病生活を送っていましたが、2018年7月21日、肺がんのため福岡市内の病院で死去しました。享年67。失言騒動から7年後の静かな旅立ちでした。