連立政権によるトラウマを引きずったまま新党への移行に失敗した党は、2020年、致命的な内部分裂に直面します。それが立憲民主党への合流問題をめぐる社民党分裂の経緯です。
野党再編の機運が高まる中、当時の吉田忠智幹事長や吉川元政策審議会長らは、「小選挙区制において少数野党が単独で生き残る道はない」「立憲民主党と合流し、党の理念を大きな器の中で生かすべきだ」と主張しました。対して、党首の福島瑞穂氏は「社民党の看板を下ろせば、護憲と平和の火が消えてしまう」と猛反発し、党内は真っ二つに割れました。
2020年11月の臨時党大会で繰り広げられた激論の末、出された結論は前代未聞の「事実上の容認・分裂」でした。合流を望む国会議員や地方組織の離党を容認する形で吉田氏や吉川氏が立憲民主党へと移籍し、福島氏のもとに残った国会議員は照屋寛徳氏(当時)と福島氏本人のわずか2名に激減しました。
公の場で見せた福島氏の悲壮な決意とは裏腹に、地方組織の足腰はズタズタに引き裂かれました。長年党を支えてきた地方議員や活動家が立憲へと流れ、党本部と地方支部の連帯は崩壊。社民党は全国政党としての組織基盤を事実上喪失し、一部の熱心な支持者に支えられた「福島個人商店」と揶揄される体制へと縮小していったのです。