父親の会社倒産による生活の変化に続き、芳根家を襲った最大の試練が、芳根京子自身を襲った大病でした。中学2年生(当時13〜14歳)の時、指定難病である「ギラン・バレー症候群」を発症したのです。
ギラン・バレー症候群は、免疫システムが自分自身の末梢神経を攻撃し、手足の筋力低下や麻痺を引き起こす極めて稀な疾患です。重症化すると自発呼吸すら困難になる難病であり、彼女も一時期は学校に通うことすらできず、手足に力が入らない過酷な闘病生活を強いられました。
この絶望的な状況を救ったのが、底抜けに明るい母親の献身的な看護でした。母親は病室に通い詰め、弱気になりそうな娘に対して「絶対に治る」「神様がくれた少し長めのお休み期間」とポジティブな声かけを徹底して続けたといいます。病院でのつらいリハビリ中も、母娘で好きな音楽を聴き、他愛のないおしゃべりで笑い合う時間をあえて作りました。
約1年におよぶ壮絶な治療とリハビリの末、奇跡的に後遺症もなく完全克服。この経験は芳根京子の死生観を決定づけました。「一度命の瀬戸際を経験したからこそ、どんな困難なオーディションもつらい撮影も恐くない」と語る彼女の圧倒的な精神力は、まさに母親と共に病を乗り越えた日々のなかで培われたものです。