医療機関の消化器内科外来において、医師たちが最も危機感を抱いているのが「自覚している痔を理由にした受診遅れ」です。SNSや大手Q&Aサイトの投稿欄には、「お尻を拭いたときにトイレットペーパーに赤い血がついたので、今回の再検査判定は痔のせいに違いない」「痛むから切れ痔の血が混ざっただけ」といった自己診断の書き込みが今も散見されます。
しかし、消化器専門医が一様に警鐘を鳴らす便潜血と痔の違い見分け方の真相は、「患者自身の肉眼や感覚で両者を判別することは絶対にできない」という残酷なまでに明快な事実です。
多くの人は、「便の表面に鮮血が付着していれば痔」「便全体が赤黒く変色していれば大腸の奥の病気」という大雑把な俗説を信じ込んでいます。確かに直腸や肛門に近い部位からの出血は鮮紅色になりやすく、盲腸や上行結腸など右側結腸からの出血は腸内細菌や胃酸・胆汁の影響を受けて暗赤色や黒褐色へ変化する傾向はあります。しかし、便潜血検査で検出しているのは、目に見える血液ではなく、目に見えないレベルの「分子状の血液成分(潜血)」です。
さらに深刻なのは、「痔を患っている人が、同時に大腸ポリープや大腸がんを併発している」という臨床現場では日常茶飯事のケースです。厚生労働省の国民生活基礎調査でも明らかなように、日本人の3人に1人は何らかの痔の悩みを抱えています。つまり、肛門から出血があるからといって、大腸の奥にがんが存在しない保証には1ミリもなりません。
心理学では、不都合な情報を意図的に無視したり矮小化したりする心の働きを「オストリッチ効果(ダチョウが危険を感じると砂の中に頭を隠して現実逃避する習性になぞらえた言葉)」や「正常性バイアス」と呼びます。「痔のせいにして大腸カメラから逃げたい」という防衛本能は、初期の大腸がんが「まったく痛みを伴わない」という狡猾な特徴と結びついたとき、手遅れの進行がんへと直結する致命的な罠へと変貌します。