井川遥のキャリアを語る上で欠かせないのが、社会現象となった「癒やし系」ブームです。短大卒業後に一度は一般企業へ就職したものの、モデルへの夢を諦めきれずに退職。レースクイーンなどの下積みを経て、1999年に『東四国国体』のキャンペーンガールに抜擢されたことが大きな転機となりました。
その端正な顔立ちと抜群のプロポーションが一躍脚光を浴び、2000年には名門とされる『アサヒビールイメージガール』に選出。居酒屋や街頭に貼られたポスターは瞬く間に話題を呼び、盗難が相次ぐほどの熱狂を巻き起こしました。
当時の男性誌グラビアでは、優木まおみや釈由美子らとともにグラビア界を席巻。「癒やし系グラビアクイーン」という新たなカテゴリーを確立し、ふんわりとした柔らかな笑顔と豊満なスタイルのギャップで日本中を虜にしました。このグラビアアイドル黄金期の輝きこそが、現在に至る高い認知度と美のアイコンとしての土台を築き上げたのです。