斎藤恭央さんは、お笑い芸人として「スケバン恐子」で一躍トップスターとなりました。しかしブームの終焉後、安住することなく自らの表現を求めて声優、俳優、そして音楽活動へと果敢に挑戦を続けました。その集大成が、全員男性でありながら全員が女性の衣装・メイクで本格的なロックを奏でるガールズ風バンド「美女♂men」でした。
テレビ局の手厚いケアを受けられるメジャー芸能活動とは異なり、インディーズバンドの全国ツアーは泥臭い実力勝負です。東京から九州までの移動費を抑えるため、大型機材を積み込んだハイエースに全員が乗り込み、交代で長時間のステアリングを握るスタイルが常態化していました。
斎藤さんは自著やブログ、特番インタビューなどで「エンタのやっくんとして終わるつもりはない」「どんなに小さくても、全国で待ってくれているファンに会いに行きたい」と熱く語っていました。当時の関係者が明かした手記にも、移動中の疲労を隠しながら、メンバーを励まし笑わせる斎藤さんの姿が克明に記されています。過密なスケジュールと過酷な長距離移動構造は、日本のエンターテインメント産業の足元に横たわる普遍的なリスクでもありました。