同じ日本国内で、なぜ2種類もの異なる「尺」が共存することになったのでしょうか。その背景には、素材の物理特性と江戸時代の流通システムが深く関わっています。
まず、建築や指物で使われる「曲尺(かねじゃく)」は、金属製のL字型物差し(指矩・さしがね)に由来します。硬く寸法の狂いにくい木材や石材を正確に直角加工するため、古代中国から伝来した唐尺がベースとなり、飛鳥時代の法隆寺建立から江戸時代、そして明治の度量衡法に至るまで、建築寸法のスタンダードとして厳格に管理されてきました。
対して、着物 鯨尺 理由を探ると、布地特有の柔軟性と生産現場の知恵が見えてきます。鯨尺という名称は、かつて捕鯨によって得られた「クジラのヒゲ(ヒゲ板)」を薄く削り出し、目盛りを刻んだ物差しを作っていたことに由来します。金属や竹の物差しと違い、鯨のヒゲは適度なしなりと油分を含んでおり、絹や麻などの繊細な布地を傷つけず、滑らかに生地の上を走らせることができたため重宝されました。
長さが約1.25倍(約37.9cm)に拡大した構造的理由としては、諸説あるものの、江戸時代における反物の仕立て文化と取引慣行が有力視されています。布地は引っ張り具合や湿度によって伸び縮みし、縫い代(ぬいしろ)の折り返しも必要となります。建築用尺のままでは反物の裁断時にゆとりが不足しやすいため、仕立て職人の間で「手の平の広げ幅」やゆとり分を加味した大きな尺度が自然発生的に定着し、幕府もこれを呉服商専用の基準として公認したという経緯があります。いわば、素材の「硬さ」と「柔らかさ」の違いが生み出した機能美と言えます。