「公開処刑」を受けた直後のDragonAsh降谷建志の反応は、痛ましいものでした。敬愛する存在から全否定されたKjは、精神的に深く打ちのめされ、作詞ができなくなるほどの抑うつ状態に陥りました。後年のインタビューでも「音楽をやめようと思った」「人前に出るのが怖かった」と赤裸々に吐露しています。その後、Dragon Ashはヒップホップへの傾倒を封印し、ラテンやパンク、オルタナティブ・ロックを取り入れた独自のミクスチャーサウンドを極めていくことになります。
月日は流れ、双方がそれぞれの道を極めたことで、頑なだった溝は少しずつ埋まっていきました。Zeebraは2008年に出版した自伝『HIP HOP LOVE』の中で、「公開処刑」に至った当時の葛藤や自らの未熟さを率直に語り、Kjへの私怨ではなかったことを明文化しました。
決定的な転機となったのは、2010年代後半から2020年代にかけての対話です。フェスの現場や共通の知人を介して再会した2人は、かつてのわだかまりを解き、互いの歩んできた道のりを認め合いました。Zeebra降谷建志の和解は、形だけのセレモニーではなく、お互いが傷を乗り越え、表現者として自立したことで結実した必然の帰結でした。
ZeebraとKjの現在の関係は、かつての緊張関係を完全に脱し、日本にミクスチャーやヒップホップを根付かせた盟友としての敬意に満ちています。公の場で互いの名前をポジティブに出し合う姿は、20年以上の歳月を経てカルチャーが成熟した証左と言えるでしょう。