翻って、動画配信サービスが百花繚乱の様相を呈する現在を考えてみたい。NetflixやHBOといったグローバルプラットフォームから日々膨大なコンテンツが供給され、AIのレコメンド機能が個人の嗜好を自動的に分類する時代だ。しかし、選択肢が無数にあるからこそ、私たちは「本当に見るべき価値のある作品はどれなのか」という問いに直面している。
アルゴリズムが弾き出すお勧めリストにはない、血の通った批評。作品の真価を、自らの人生観や美意識を懸けて語る情熱。おすぎとピーコが体現していたのは、まさにそうした「人間による真摯なキュレーション」そのものだった。どれほどテクノロジーが進化しようとも、一つの映画に涙し、一着の服に美を見出す人間の眼力に代わるものは存在しない。今日のストリーミング全盛期だからこそ、彼らの批評精神が持つ重みが再認識されている。