ヒッピー文化を語る上で、ノスタルジックな理想論だけで片付けることはできません。このムーブメントが1970年代初頭に急速に失速した背景には、見過ごせない現実的な問題と暗部が存在しました。
第一の影は、薬物の乱用と治安の悪化です。「意識の拡張」を掲げて導入されたLSDや大麻は、次第に密売組織の資金源となり、ハードドラッグの蔓延によってヘイト・アシュベリーをはじめとする拠点はスラム化しました。さらに、1969年12月に発生した「オルタモントの悲劇」(ローリング・ストーンズの無料コンサートで観客が警備員に刺殺された事件)や、チャールズ・マンソン率いるカルト集団による無差別殺人事件は、「愛と平和のユートピア」という幻想を完全に打ち砕きました。
第二の盲点は、コミューン生活の持続性の低さです。多くの共同体は、衛生管理の不徹底、財政破綻、そして「誰が面倒な労働を負担するのか」という人間関係の不和によって、数年以内に瓦解しました。無制限の自由は、責任とルールの欠如によって崩壊を招くという現実を露呈したのです。
しかし、ここで特筆すべきは、ヒッピーの精神がシリコンバレーのIT革命へと受け継がれたという歴史的皮肉です。スチュアート・ブランドが創刊した伝説のカタログ誌『全地球カタログ(Whole Earth Catalog)』は、「個人のエンパワーメント」「情報の共有」「分散型ネットワーク」を提唱しました。この思想に決定的な影響を受けたのが、若き日のスティーブ・ジョブズ(Apple創業者)でした。中央集権的な巨大企業に対抗し、個人にコンピュータという力を開放するというパーソナルコンピュータ革命の原動力は、まさにヒッピーのカウンターカルチャー精神そのものだったのです。