昭和から平成にかけて広く信じられていた「犬の白黒視界説」の起源は、1930年代にアメリカの愛犬家ウィル・ジュディ(Will Judy)が提唱した仮説に遡ります。当時の簡易的な行動実験に基づき、「犬は明暗しか判別できず、色彩を持たない世界を生きている」という論調が長らく定説として流布していました。
しかし、近年の網膜電位図(ERG)を用いた生理学研究や行動試験によって、この俗説は完全に覆されています。犬は人間とまったく同一ではないものの、確かに豊かなカラーの世界を認識しています。ではなぜ、ここまで極端な誤解が何十年にもわたって定着してしまったのでしょうか。
動物行動学の専門家によると、人間は自らの感覚(赤・緑・青の三原色)を無意識に世界の絶対基準として捉える傾向があります。そのため、「赤や緑が識別できない=色が見えていない=白黒である」という二項対立の論理的短絡が生じたと分析されています。犬は決して白黒映画の中に生きているわけではなく、彼ら特有の澄んだ色彩スペクトルのもとで日常を捉えています。