ロッツォ・ハグベアを単なる「勧善懲悪の悪玉」として片付けられない理由は、彼が歩んできたあまりにも過酷な来歴にあります。ピクサー作品屈指のトラウマシーンとも称される回想シーンでは、かつて純粋無垢だったテディベアが心を閉ざし、闇に染まる決定的な瞬間が克明に描かれました。
もともとロッツォは、幼い人間の少女デイジーにとって世界で一番特別なおもちゃでした。どこへ行くにも一緒で、ベッドでも腕の中に抱きしめられ、デイジーから注がれる無償の愛を一心に浴びていたのです。しかしある日、家族で行ったドライブのピクニック先で、デイジーが眠っている間に芝生の上に置き去りにされてしまいます。
それでもロッツォは持ち主を微塵も疑いませんでした。「デイジーが自分を忘れるはずがない」「迎えに来てくれるはずだ」と信じ続け、同じく取り残されたビッグベビーや道化師のチャックルズを引き連れ、雨風に打たれながら何日もかけて泥まみれになり、ようやく自力でデイジーの自宅の窓辺までたどり着きます。しかし、そこで彼の目に飛び込んできたのは、窓の内側でデイジーの腕に抱かれ、幸せそうに微笑む「真新しい別のロッツォ・ハグベア」の姿でした。
「自分は替えの利く、ただの量産された工業製品に過ぎなかった」――この残酷な現実を突きつけられた瞬間、ロッツォの心の中で張り詰めていた糸が完全に弾け飛んでしまいます。自分に向けられていた愛情が偽りであったと思い込んだ彼は、「おもちゃなど子どもに捨てられるだけの使い捨てのゴミに過ぎない」という歪んだニヒリズムに取り憑かれ、他者への信頼や優しさを自ら完全に破棄してしまったのです。