三木谷氏の卓越したビジネスモデル設計と国際感覚の源流には、学究肌の名門一族の血筋と綿密に積み上げられたエリートキャリアがあります。三木谷浩史の学歴と経歴を遡ると、父・三木谷良三氏は神戸大学名誉教授を務めた高名な経済学者(イェール大学客員研究員などを歴任)であり、母・節子氏も神戸大学出身で大手商社に勤務した経歴を持つ、極めてハイレベルなインテリジェンス環境で育ちました。
兵庫県立明石高等学校を経て進学した一橋大学商学部では、学問のみならず体育会硬式庭球部に情熱を注ぎ、主将としてチームを率いる勝負勘と統率力を磨きました。1988年の大学卒業後、当時の最高峰エリート機関であった日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。ストラクチャード・ファイナンスや企業買収(M&A)の最前線に従事し、徹底的な財務・金融のプロフェッショナリズムを叩き込まれます。
1993年には社費留学によりハーバード・ビジネス・スクール(HBS)にてMBAを取得。世界中から集まるトップエリートと切磋琢磨するなかで、欧米のダイナミックなベンチャー投資文化とインターネット黎明期の胎動を肌で体感しました。帰国後、将来を嘱望されたバンカーとしての地位を捨て、独立起業を決意する決定打となったのが、1995年の阪神・淡路大震災でした。故郷である神戸の街が崩壊し、親族や知人を失った悲劇に直面した三木谷氏は、「一度きりの人生、国家と社会のために命を燃やさなければならない」という強い覚悟を固め、1997年5月にわずか6名で「株式会社エム・ディー・エム(現・楽天グループ)」を立ち上げたのです。