物語最大の核心は、なぜ父・浅居忠雄が生きていたのか、そしてなぜ身元を偽り続けなければならなかったのかという点にあります。その発端は、30年前に博美の母親が多額の借金を残して愛人と失踪したことでした。
借金取りから逃れるため、忠雄と中学生だった博美は夜逃げを決行し、北陸へと向かいます。しかし、逃避行の途中で立ち寄った海岸沿いの施設で、博美はトラック運転手の男に襲われそうになり、身を守るために衝動的に男を刺殺してしまいます。
絶望的な状況の中、父である忠雄は娘を守るために驚くべき決断を下しました。死亡したトラック運転手の遺体に自身の持ち物を持たせ、崖から海へ落として「浅居忠雄の投身自殺」に偽装したのです。そして自らは死亡した男の身元を乗っ取り、戸籍のない「影の存在」として生きることを誓いました。
父の犠牲の上に孤児院で育ち、女優から劇団の演出家へと這い上がった博美。二人は決して親子と悟られてはならないため、年に一度、日本橋にある12の橋を月ごとに指定して遠くから見つめ合うという密かな逢瀬を重ねていました。しかし、押谷道子を殺害したことで捜査の手が迫り、忠雄は娘の罪をすべて被って自ら命を絶つことを決心します。父の手をこれ以上汚させたくない博美は、自らの手で愛する父を絞殺し、アパートと河川敷の遺体に火を放って身元特定を遅らせようとしたのでした。