日本における『夢見るシャンソン人形』の普及において、訳詞家・岩谷時子の功績は計り知れません。原詞が持っていた「蝋の人形、おがくずの人形」というグロテスクとも取れる暗喩を、岩谷は「私は夢見るシャンソン人形 / 恋を知らない歌うだけの人形」という、どこか哀愁と可憐さを帯びた少女小説のような世界観へと大胆に翻訳しました。
ゲンスブールが設計したアップテンポなモータウン調のビートと哀愁漂うマイナーメロディは、岩谷時子の美しい日本語の音数と奇跡的な親和性を見せました。言葉の響きを損なわず、かつ日本人が口ずさみやすいリズムへと落とし込んだ技術は、昭和の歌謡史における金字塔といえます。
ダニエル・ビダルの来日によって、この岩谷訳詞はさらに強い説得力を得ました。外国人である彼女がカタコトの日本語で歌う「でもいつかは素敵な誰かと出会い、本当の恋を歌いたい」というフレーズは、虚構のアイドル像と少女の成長物語を完璧にリンクさせ、リスナーの胸を打ったのです。