ネット上の一部では「若い頃はあんなに美少年だったのに、なぜあんなに体型や風貌が変わったのか」といった浅薄なルッキズム目線の声が散見されます。しかし、映画関係者の間では、この変化こそが「ディカプリオ自身が緻密に計算し、望んだ脱皮」であったことが知られています。
『タイタニック』の世界的大ヒット以降、ディカプリオは自らが「消費されるピンナップボーイ」になってしまったことに強い恐怖と嫌悪感を抱いていました。当時のインタビューで彼は「自分の演技ではなく、髪型や笑顔ばかりが見出しになる状況に息が詰まりそうだった」と吐露しています。
彼が選んだ生存戦略は、徹底した「脱・美少年化」でした。あえて泥にまみれ、血を流し、狂気に憑りつかれた中年男の役を自ら求め続けたのです。
名匠マーティン・スコセッシ監督と出会った『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002年)以降、彼は意識的に体重を増やし、顎のラインを太くし、野性味あふれる髭を生やすようになりました。『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015年)では、極寒の雪山で生のバイソンの肝臓を喰らい、死んだ馬の腹の中に潜り込むといった過酷極まりない撮影に身を投じました。その執念が実を結び、通算5度目の候補にして悲願のアカデミー賞主演男優賞を手にすることになります。
美しさに依存することなく、あえて自らの若さと容姿をかなぐり捨てて実力で勝負したこと――これこそが、多くの同世代美少年スターがハリウッドの荒波に消えていく中で、彼だけが第一線に残り続けた決定的な要因です。