金閣寺を作った人は足利義満!黄金に輝く理由と銀閣寺との決定的な違い

金閣寺を作った人は足利義満!黄金に輝く理由と銀閣寺との決定的な違い

金閣寺を作った人は足利義満!黄金に輝く理由と銀閣寺との決定的な違いに関する専門家の意見を丁寧に解説いたします。

Q1:金閣寺を作った人は誰ですか?いつ建てられましたか?
A1:室町幕府の第3代将軍である足利義満です。応永4年(1397年)に公家の西園寺家から北山の地を譲り受け、自身の山荘「北山第(北山殿)」の造営を開始したのが始まりです。義満の死後、遺言により禅寺に改められ「鹿苑寺」となりました。

Q2:なぜあんなに大量の金箔が貼られているのですか?剥がれないのですか?
A2:極楽浄土の光景を現世に視覚化するという宗教的目的に加え、勘合貿易において中国(明)の使節に日本の経済力と権威を誇示する外交戦略があったためです。金箔は良質な漆を接着剤として何層も丁寧に貼り重ねられており、昭和62年の大修復では通常の5倍の厚みを持つ金箔約20万枚(約20kg)が用いられたため、風雨に耐える極めて強固な耐久性を誇っています。

Q3:金閣寺と銀閣寺はどうしてこれほど見た目が違うのですか?
A3:建てられた時代背景と建立者の目指した方向性が異なるためです。金閣は足利義満が幕府の全盛期に建てた「北山文化」の象徴であり、豪壮華麗で対外的な権力誇示を目的としていました。一方、銀閣は孫の8代将軍・足利義政が応仁の乱後の混乱期に建てた「東山文化」の象徴で、禅の精神や簡素の中に美を見出す「わび・さび」の境地を追求したため、あえて装飾を削ぎ落とした渋い佇まいとなっています。

Q4:金閣寺は一度燃えてなくなったというのは本当ですか?
A4:事実です。昭和25年(1950年)7月2日未明、同寺の徒弟僧による放火事件によって舎利殿が全焼し、国宝の足利義満木像なども失われました。しかし、明治時代に作られた詳細な設計図面や解体記録が残されていたため、全国からの寄付と宮大工・伝統工芸職人の総力により、昭和30年(1955年)に創建当時の姿へと寸分違わぬ精密さで再建されました。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。