昭和の裏社会において、パンチパーマやアイパー(アイロンパーマ)は瞬く間に勢力を拡大しました。パンチパーマの発祥は1970年代の北九州市にある理容室で、黒人のカーリーヘアをヒントに開発された技術ですが、これがヤクザ組織の間で爆発的に定着したのには明確な実用上の理由が存在します。
第一の理由は「喧嘩や激しい運動でも型崩れしない耐久性」です。一般的な整髪料でセットした髪は、雨や汗、物理的な衝突ですぐに崩れてしまいます。しかし、特殊な熱アイロンで極細のロットを巻き締めたパンチパーマは、洗髪してタオルドライするだけで即座に元の形状へ戻る驚異的な復元力を誇りました。突発的な抗争や逃走の場でも、常に威厳ある身だしなみを保てる点は大きな実利だったのです。
第二の理由は「手入れの手間がかからない効率性」です。多忙かつ不規則な生活のなかでも、寝起きのまま人前に出られる利便性は重宝されました。さらに、髪の毛が硬く立ち上がりやすい日本人の毛質を強制的に寝かせ、顔立ちをシャープに見せるアイパーもまた、規律と隙のなさを演出する最適なツールとして愛好された背景があります。