本作をめぐっては、長年ファンの間でもいくつかの誤解や見落とされがちな盲点が存在します。
代表的な誤解が「砂漠のシーンはすべてCG合成である」という言説です。確かに当時のMV界隈ではLEDウォールや背景合成が急速に普及し始めていましたが、前述の通り本編のコアとなるカットは現地のアメリカ・カリフォルニア州の乾燥湖底で実際にカメラを回した実写映像です。風に乱れる髪やメンバーの足元に立ち上る本物の砂煙、刻々と変化する自然光の陰影こそが、CGでは決して再現できない切実な実在感を生み出しています。
もう一つの盲点は、本作が「別れの曲」として解釈されがちだった点です。歌詞やビジュアルの表層だけを見れば、荒野に佇む姿に哀愁を感じるリスナーもいました。しかし楽曲制作陣が意図したのは「終着点」ではなく「通過点」の提示です。グループとしての定期活動に区切りをつける瞬間であっても、彼らの歩みそのものは1ミリも止まらないという宣誓であり、この意図を正しく読み解くことで楽曲の持つ力強さは倍増します。