日本頭頸部外科学会などの学術データによると、初期の口腔底癌患者の多くが「最初はまったく痛みがなかった」と証言しています。炎症性の口内炎は食べ物が触れるだけで強い痛みを引き起こすため、多くの人が「痛いから重病」「痛くないから大丈夫」と直感的に錯覚してしまいます。しかし、悪性腫瘍の初期病変は知覚神経を直接圧迫・破壊する深さまで達していないため、自発痛がほぼ生じません。
痛みの代わりに現れるのが、「舌が動かしにくい」「舌の裏に何かが挟まっているような異物感がある」「喋るときに滑舌がわずかに引っかかる」といった微小な機能違和感です。口腔底の粘膜は非常に薄く、すぐ下には舌を動かす筋肉(オトガイ舌筋・舌骨舌筋)が密接しています。がん細胞がわずか数ミリ深部へ侵入するだけで筋肉の柔軟性が奪われ、舌下部のしこりが原因となって運動制限が引き起こされます。
また、前歯の裏側あたりに位置する「舌下小丘(ぜっかしょうきゅう)」の腫れにも注意を払わなければなりません。舌下小丘は唾液を分泌する顎下腺の開口部ですが、ここに腫瘍が発生したり近接したりすると、唾液の流出障害による張り感や不快感が生じます。日常的なブラッシングの際に舌を上顎へ押し上げ、舌下部の左右非対称な盛り上がりや引きつれがないか観察する習慣が、無症状期の発見を左右します。