日本中を震撼させた悲報が駆け巡ったのは、2011年10月24日のことでした。当時39歳だったKEIKOは、都内の自宅で突如として激しい後頭部の痛みを訴え、嘔吐して倒れ込みました。
異変に気づいた当時の夫・小室哲哉が迅速に119番通報を行い、救急車で都内の総合病院へ緊急搬送。医師から下された診断は「くも膜下出血(脳動脈瘤破裂)」でした。発見がわずかでも遅れれば生命に関わる極めて危険な状態のなか、搬送当夜から翌朝にかけて約5時間におよぶ大手術が敢行されました。
早期発見と迅速な救急搬送が奏功し、脳の主要血管の損傷は最小限に抑えられ、一命を取り留めることに成功します。1か月余りの集中治療室(ICU)での加療を経て一般病棟へ移り、同年12月には退院してリハビリ生活へと移行していきました。しかし、生命の危機を脱した後に待ち受けていたのは、高次脳機能障害という見えない壁との過酷な戦いでした。