聖徳太子の一万円札がどのような時代背景で生まれ、なぜ姿を消したのかを理解することは、紙幣の希少性を正しく判断する上で欠かせません。聖徳太子一万円札の発行期間は、1958年(昭和33年)12月1日から1984年(昭和59年)11月1日までの約26年間に及びます。支払停止となったのは1986年(昭和61年)1月4日のことです。
この紙幣が誕生した1958年当時の大卒初任給は約1万3,000円でした。額面の一万円は現在の数十万円に相当する途方もない大金であり、まさに昭和の高度経済成長の幕開けを象徴する最高峰の金種でした。表面右側には笏を手にした威厳ある聖徳太子の肖像、左側には法隆寺夢殿、裏面には瑞鳥である鳳凰が描かれ、当時の最先端技術を結集した荘厳な透かしや彩紋が施されていました。
その後、福沢諭吉と渋沢栄一への変更経緯には、印刷技術の進化と偽造防止をめぐる国家レベルの攻防がありました。1980年代に入ると高性能なカラーコピー機や印刷機器が民間に普及し、旧来のC号券では偽造リスクが高まったことから、1984年にサイズを一回り小型化し、マイクロ文字などの特殊印刷を盛り込んだ福沢諭吉のD号券へとバトンタッチされました。さらに2004年にはホログラムを導入したE号券(福沢諭吉)が登場し、2024年には世界最高水準の3Dホログラム技術とユニバーサルデザインを採用したF号券(渋沢栄一)へと刷新が重ねられてきたのです。