大学卒業後の藤田氏は、すぐに政界を目指したわけではありませんでした。スポーツマネジメントやヘルスケア事業の領域で民間企業に勤務した後、自ら起業の道を選びます。株式会社KTAJを設立し、フィットネスや介護予防、スポーツ指導者を育成する事業を展開するなど、経営者・実業家として現場の汗を流しました。
企業経営を通じて、過度な規制や社会保障制度の歪み、中小企業が直面する制度の壁を肌で実感したことが、政治を志す決定打となりました。「現場の課題を解決するには、社会のルールそのものを変えなければならない」という強い危機感が、藤田文武氏を維新の政治塾、そして国政挑戦へと突き動かしました。