この物語の持つ歪んだ人間ドラマに着目し、見事に文学へと昇華させた筆頭が太宰治だ。著書『おとぎ草子』の中で、太宰は『瘤取り』を単なる子供向けの寓話ではなく、孤独な中年男性の悲哀とすれ違いの物語として描き直した。
太宰の描く第一の爺さんは、酒好きで孤独を抱えながらも、自らのコブと滑稽に共存する風流人。一方、第二の爺さんは真面目で品行方正だが、どこか退屈な善人だ。鬼たちが好んだのは、第一の爺さんが滲ませる「人間の哀愁とユーモア」であり、第二の爺さんの退屈な正論は鬼を失望させた。道徳的に正しいとされる人間が報われず、自己開示のうまみを知る道楽者が愛されるという非情な現実。太宰治は戦時下の執筆を通じて、人間の善悪という単純な尺度の無力さを鮮やかに暴露してみせた。