インターネットの検索窓やSNSのタイムラインで定期的に話題にのぼるのが、大戸屋の味や品質に対するネガティブな言説です。長年の常連客ほど「昔の素朴な味わいが薄れた」「出汁の風味や焼き魚の香ばしさが変わった」といった違和感を口にする傾向が見られます。外食ジャーナリストやフードアナリストの分析によると、この現象には単なる調理技術の問題にとどまらない、複合的な要因が絡み合っています。
かつての大戸屋は、各店舗の厨房で野菜の皮むきから出汁取り、魚の炭火焼きまでを完結させる完全店内調理を最大のアイデンティティに掲げていました。しかし、外食産業全体で深刻化する人手不足とコスト増に対応するため、下処理や一部ソース類の一次加工においてセントラルキッチンの活用が進められました。基本の調味料比率や加熱温度は厳格にマニュアル化されているものの、現場スタッフの熟練度に依存していた従来の職人技的なばらつきが均一化された結果、古参ファンにとっては「個性が薄れて無難な味になった」と感じられる一因となっています。
さらに見逃せないのが「価格上昇に伴う心理的ハードルの高まり」です。かつて600円台から800円台で日常的に楽しめた定食が、食材原価やエネルギーコストの転嫁を経て1,000円前後の価格帯へと移行しました。千円札1枚を超える出費を伴う日常食に対して、消費者が求めるクオリティの基準値は自然と跳ね上がります。「この値段を払うなら、もっと本格的な味であってほしい」というシビアな費用対効果の視線が、「まずくなった」という主観的な評価へと変換されて拡散している実態が浮き彫りになっています。