彼女の才能はあまりにも突出していた。1990年代後半から2000年代初頭にかけて、スノーボードハーフパイプ競技で破竹の勢いを見せた彼女は、次々とタイトルを獲得。14歳にしてFISワールドカップ(スノーボードハーフパイプ選手権)を制した瞬間、日本のスポーツ界に大きな衝撃が走った。
全日本スキー連盟の期待を背負い、世界の強豪たちと対等以上に渡り合った彼女。だが、日の丸の重みは想像を超えていた。勝利を重ねるほどに跳ね上がる要求、プライベートが消失していく日常。若き才能の心には、徐々に深い亀裂が刻まれていく。
勝負の時となった2006年トリノオリンピック。国際オリンピック委員会が管轄する最高峰の舞台で、誰もが彼女のメダル獲得を信じて疑わなかった。しかし、独特の緊迫感とプレッシャーの中、悪夢のような転倒が彼女を襲う。雪上に崩れ落ち、自力で立ち上がれぬまま担架で搬送されるショッキングな光景は、日本中の記憶に深く刻まれた。