同志社大学と立命館大学の学生プロレス(学生プロレス連合)で出会い、1997年にコンビを結成した相方・RG(出渕誠)との関係性も、お笑い界において稀有な輝きを放ち続けています。
2005年のブレイク当時、世間のスポットライトはHGひとりに集中し、相方のRGは「HGのバーター」「じゃない方芸人」として強烈な格差に晒されました。しかし、HGは決して相方を見下すことなく、常にピンマイクに入らないところでRGの面白さを周囲のプロデューサーに訴え続けていました。その後、RGが「あるあるネタ」や細川たかし氏のモノマネで社会現象級の再ブレイクを果たした際、HGは誰よりもその躍進を喜んだと言います。
互いがピン芸や独自の特技(アート、モノマネ、スニーカーカルチャー)で個々のブランドを確立した現在、レイザーラモンとしてのコンビ活動は成熟の域に達しています。THE MANZAIやM-1グランプリへの再挑戦で見せた本格派漫才をはじめ、よしもとの劇場舞台で繰り広げられるネタは、荒削りな学生プロレス時代の熱量と20年以上のキャリアに裏打ちされた話芸が同居しており、お笑い通の間で極めて高い評価を維持しています。