「三人寄れば文殊の知恵」の諺で親しまれる智恩寺。この寺院の門前で知恵の餅が誕生した背景には、鎌倉時代末期の嘉暦年間(1326〜1329年)に遡る伝承が残されています。ある老女が夢枕に現れた文殊菩薩から製法を授かり、その餅を参拝者に振る舞ったところ、食べた子供が類まれな知恵を発揮したという奇譚が発祥とされています。
江戸時代に入ると、天橋立は西国巡礼の旅人や文人墨客がこぞって訪れる天下の名勝となりました。智恩寺への参拝と知恵の餅を味わうことは旅の重要な儀礼となり、門前の茶店は旅人の疲れを癒やす休息所として大いに繁盛しました。宮津藩主からも特別な庇護を受け、門前での営業を許された選ばれし家々が、現在の「四軒茶屋」の礎を築いたのです。
単なる観光地の和菓子にとどまらず、受験生の合格祈願や子供の成長祈願、さらには長寿や厄除けを願う縁起物として、現代に至るまで地域社会と参拝者の信仰心に支えられ続けています。