猿之助の母親である延子さんは、長年にわたり澤瀉屋の屋台骨を陰で支え続けた人物だった。病床にあった夫の市川段四郎を長年介助しつつ、多忙を極める息子の身の回りの世話や家政を取り仕切っていた。劇場関係者の間でも、控えめでありながら礼節を重んじる気品ある人柄で知られていた。
澤瀉屋という名門の一門を背負う息子の重圧を、誰よりも理解していたのが母親だった。幼少期から芸の道に精進する息子を誰よりも近くで見守り、一門の発展に苦心する彼の精神的な支柱となっていた。だからこそ、息子が直面した絶望に対して「一人で逝かせるわけにはいかない」という凄絶な親心が働いたのではないか――関係者の間では今なおそう語られている。