深夜ラジオのカルト的人気にとどまっていたスネークマンショーを全国的なメガヒットへと押し上げた決定打が、1980年6月にリリースされたYMOの4作目となるアルバム『増殖 - X∞Multiplies』でした。
当時、世界ツアーを成功させて社会現象となっていたYMOの細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の3名は、自身の音楽とスネークマンショーの不条理なコントを交互に配置するという極めて実験的なミニアルバム(10インチLP)を企画。これがオリコンチャート週間1位を獲得し、累計40万枚以上を売り上げる大ヒットを記録します。テクノポップの鋭角的なビートと、不条理極まりないコントの応酬は、若者たちに強烈なカルチャーショックを与えました。
翌1981年2月には、アルファレコードから待望の単独ファーストアルバム『スネークマン・ショー』がリリースされます。ピストルズ、クラッシュといった同時代のパンク・ニューウェイヴ楽曲を散りばめながら、「急いで口で吸え」「ホテルニュー越谷」などの名作を惜しみなく収録。音楽チャートのトップに「ギャグレコード」が君臨するという、日本の音楽史上でも稀に見る快挙を成し遂げました。