戦後、日本映画産業が黄金期から成熟期を迎えるなかで、吉原の悲劇は格好の映画的題材であり続けた。時代劇の雄として君臨した松竹と東映は、それぞれ異なるアプローチで遊郭の闇を描き出してきた。
松竹が得意とした情緒豊かで陰影の深い心理描写に対し、東映は圧倒的な熱量とリアリズムで観客を圧倒した。その到達点とも言えるのが、映画『吉原炎上』である。五社英雄監督が描き出したのは、絢爛な着物の裏に潜む遊女たちの血と涙、そして暴力だった。セットに本物の火を放ち、人間の業を極彩色の映像美で焼き付けた表現は、吉原という空間が本質的に孕んでいた危険なエロティシズムと死の匂いを完璧に具現化していた。映画人たちは、事件の持つグロテスクな魅力をスクリーンに焼き付けることで、大衆の覗き見趣味とカタルシスを同時に満たしてきた。