若島津が親方として松ヶ根部屋(のちの二所ノ関部屋)を創設・継承すると、高田みづえは本格的に「女将さん」としての責務を果たすこととなる。大相撲の部屋運営は、単なる家庭の主婦業とは次元が異なる。大所帯の弟子たちの健康管理や精神的ケア、親方衆や日本相撲協会との付き合いなど、気配りとタフさが絶えず求められた。
時には実の母親のように弟子たちの悩みに耳を傾け、時には部屋の看板として後援者を温かく迎える。華やかな歌謡曲の世界から伝統の角界へと転身した彼女の真摯な姿は、いつしか相撲界全体からも深い尊敬を集めるようになっていった。