映画『海底鬼岩城』を語る上で避けて通れないのが、昭和の子供たちに強烈な心理的刻印を残した2つの存在、自立型防衛コンピュータ「ポセイドン」と、ドラえもんのひみつ道具「水中バギー(バギーちゃん)」です。
ポセイドンがもたらす恐怖の本質は、悪意を持った人間ではなく、「プログラムされた使命を冷徹に全うし続ける機械の狂気」にあります。アトランティス連邦がすでに滅亡しているにもかかわらず、外部からの刺激を攻撃と誤認し、世界中を巻き込む「鬼角弾」の全弾発射シークエンスを淡々と進める姿は、子供心に「対話が一切通じない絶対的な絶望」を植え付けました。薄暗い海底の岩城で、巨大なコンピュータ端末から響く無機質で野太い音声と、赤く点滅するメインフレームは、まさに「海底鬼岩城 ポセイドン トラウマ」と呼ばれるにふさわしい戦慄の空間演出でした。
この圧倒的な絶望を打ち破るのが、物語を通じて「生意気で偏屈なポンコツ」として描かれていたバギーちゃんです。知能を持ちながらも、危険を嫌い、のび太たちの命令に悪態をつき続けていたバギーちゃんが、唯一自分を道具としてではなく一人の存在として優しく扱い、涙を拭いてくれたしずかちゃんの危機に直面したとき、自意識を超越した行動に出ます。
「泣かないで、しずかさん……」という言葉を残し、巨大なポセイドンの口内(中枢回路)へと単身で超音速突撃を敢行するクライマックス。激しい電撃と爆発に包まれ、ポセイドンを機能停止に追い込みながら自らも粉々に砕け散るバギーちゃんの最期は、映画館の暗闇で無数の観客を号泣させました。単なる道具が「他者を愛する心」を獲得し、その代償として自己犠牲を払うというドラマ構造は、手塚治虫のロボット哲学にも通じる深遠なテーマを内包しています。