なぜ池田内閣の所得倍増計画は、これほどの驚異的なスピードで達成できたのでしょうか。その成功要因と真相を解き明かす鍵は、官僚出身のエコノミストであり「池田の頭脳」と呼ばれた下村治(しもむら・おさむ)博士の経済理論にあります。
当時、主流派エコノミストや日本銀行は「日本経済の成長力はせいぜい年4〜5%であり、急激な成長は国際収支の悪化を招いて破綻する」と慎重論を唱えていました。これに対し下村治は、「近代的な設備投資を行えば、生産能力が飛躍的に高まり、輸出競争力がついて外貨制約を突破できる」と主張。この下村理論を池田首相が全面的に採用したことが、すべての始まりでした。
具体的な成功のレバーは、以下の3点に集約されます。
- 民間設備投資の爆発的連鎖:鉄鋼、石油化学、自動車、電機などの基幹産業が最新鋭の設備投資を断行。「投資が投資を呼ぶ」好循環が生まれ、製造業の生産性が飛躍的に向上しました。
- 労働力の流動化と人口ボーナス:地方の農村部から「金の卵」と呼ばれた若年労働者が大都市の製造業へ大移動。高付加価値な産業への労働シフトが、国全体の生産性を底上げしました。
- 太平洋ベルト地帯構想とインフラ整備:道路、港湾、鉄道(東海道新幹線や名神高速道路)などの産業基盤を国家主導で集中的に整備。物流コストを大幅に引き下げ、輸出競争力を強固にしました。
さらに、当時の為替レートが1ドル=360円の固定相場制であったことも強烈な追い風となりました。割安な為替レートを武器に日本の高品質な工業製品が世界市場へ怒涛のように輸出され、内需と外需が噛み合った完璧な成長スパイラルが完成したのです。