ネット空間における文系不要論の火付け役として無視できないのが、実業家の西村博之(ひろゆき)氏をはじめとするインフルエンサーたちの歯に衣着せぬ言説です。
ひろゆき氏は自身のYouTube配信や対談番組において、「Fランク大学の文系学部に行って4年間サークルとバイトをして何となく卒業するくらいなら、専門学校でプログラミングや溶接技術を身につけた方が圧倒的に食いっぱぐれない」「文系学問の大半は趣味で独学できるが、実験設備が必要な理系研究は大学でしか学べない」といった趣旨の発言を繰り返し、数百万回再生を記録してきました。
こうした発言に対するネット上の反応は、まさに真っ二つに分かれています。
肯定派からは「痛いところを突かれたが完全な事実」「資格も専門スキルもないまま新卒カードを浪費した文系の末路を見れば、ひろゆき氏の言う通り」「親に高い学費を出させて遊んでいる文系大学生が多すぎる」といった、極めてプラグマティックな賛同の声がSNSや掲示板を埋め尽くします。
一方で否定派や学術関係者からは、「学問の価値を金銭的ROI(投資対効果)だけで測る思想そのものが知的衰退の象徴」「哲学や歴史、文学が育む『批判的思考力(クリティカルシンキング)』がなければ、社会の倫理や民主主義は根底から崩壊する」といった強い反論がぶつけられています。この対立の本質は、目先の経済合理性を最優先する「実学至上主義」と、社会の長期的基盤を支える「教養主義」との間の、価値観の深い断絶にあると言えます。