二人の出会いは1966年放送のNHKドラマ『あしたの家族』での共演に遡ります。当時すでにデザイナー、俳優、エッセイストとしてマルチな才能を発揮していた伊丹十三と、劇団青俳出身で若手実力派として頭角を現していた宮本信子。現場で言葉を交わす中で、伊丹十三は宮本信子の持つ凛とした佇まいと飾らない天性の感性に深く惹きつけられました。
約3年の交際期間を経て、二人は1969年に結婚を発表。入籍後、伊丹十三は宮本信子について「彼女は生活者としての確固たるリアリティを持っている」と自著やインタビューで語っています。料理、掃除、子育てといった日常の機微を愛おしむ宮本信子の日常感覚こそが、後に伊丹十三が映画監督として開花する最大の土台となりました。
結婚から15年後の1984年、伊丹十三は51歳にして『お葬式』で映画監督デビューを果たします。宮本信子の実父の葬儀を取り仕切った実体験を着想源に生まれたこの作品は大ヒットを記録。以後、ラーメン作りに情熱を注ぐ未亡人を描いた『タンポポ』(1985年)、脱税を暴く国税調査官の奮闘を描いたメガヒット作『マルサの女』(1987年)など、全10本の監督作すべてで宮本信子が主演・主要キャストを務めました。二人は単なる私生活の伴侶にとどまらず、現場で容赦のない意見交換を行う「共犯関係」とも呼ぶべきプロフェッショナルな絆で結ばれていました。