聖武天皇の時代を、1300年前の遠い過去の出来事として片付けることはできません。パンデミックの襲来、社会の分断、経済の低迷、相次ぐ自然災害という複合危機(ポリクライシス)は、現代社会が直面している課題と不気味なほど酷似しています。
災異思想のプレッシャー下で「逃げなかった」為政者の本質
近代以前の首長にとって、「疫病で国民の3割が死ぬ」ことは、自身の統治権を全否定されるに等しい事態でした。あらゆる非難と呪詛の矛先が自分に向かう極限状況において、聖武天皇は自らの不徳を認め、罪を一身に背負いながらも、国家の精神的支柱を再建するために生涯を捧げました。
注目すべきは、彼が「自らの権威を誇示する」のではなく、「行基という市井のカリスマを受け入れる柔軟性」を持ち合わせていた点です。官僚機構のプライドを捨て、民衆の心をつかむ現場のリーダーと手を結んだこのプラグマティズム(実用主義)こそが、破滅寸前だった日本社会を繋ぎ止めました。