戦後の日本や一部の海外メディアでは、「エノラゲイの乗組員は自らがもたらした惨状を知り、全員が精神疾患を患って精神病院に収容された」「狂気に耐えかねて自死した」という言説が広く語られてきました。しかし、原爆投下部隊である第509混成部隊の公式記録や退役後の追跡調査を検証すると、この「全員発狂説」は事実とは異なります。
この劇的な都市伝説が形成された背景には、ある一人のパイロットの存在が深く関わっています。それが、エノラゲイに先立って広島の気象状況を観測・通報したB-29「ストレートフラッシュ」の機長、クロード・イーザリー(Claude Eatherly)少佐です。
イーザリーは終戦後、民間人へ戻ったものの深刻な神経衰弱と罪悪感に苛まれ、偽造小切手事件や郵便局強盗未遂事件などを次々と引き起こしました。金銭目的ではなく「自分を罪人として罰してほしい」という動機から犯行に及んだとされ、テキサス州の退役軍人精神病院へ収容されることになります。
オーストリアの哲学者ギュンター・アンダースとの往復書簡が世界中で出版されたことで、イーザリーは「原爆投下による良心の呵責で狂気に追いやられた悲劇の英雄」として反核・平和運動の象徴となりました。このイーザリーの壮絶なエピソードが、いつしか原爆投下機エノラゲイそのものの搭乗員全員の話としてすり替わり、「エノラゲイの悲劇=乗組員たちの精神崩壊」という強烈なパブリックイメージを生み出したのです。