泉重千代は1865年(慶応元年)6月29日生まれ、1986年2月21日に120歳237日で死去したと長く伝えられてきた。死去当時は「世界最高齢」「長寿日本一」として国内外のメディアが大々的に報じ、1976年には110歳の「長寿日本一」として厚生省(当時)から表彰も受けている。だが死後、この記録は急速に崩れていくことになる。
決定的だったのは、1986年の死去直後から鹿児島県・徳之島町の戸籍調査を進めた研究者らの指摘だ。報道各社や長寿研究の専門家によると、泉重千代の戸籍に記載された生年・明治5年(1872年)とする記載と、実際の出生年との間に大きな矛盾が確認されたとされる。最も有力な説は、戸籍上の「泉重千代」は実在の兄・泉重吉(いずみ・じゅうきち)の生年を引き継いでいたというもの。つまり「長寿の泉重千代」は、実はもっと若く、記録上だけが約10年から12年上乗せされていた可能性が浮上したのだ。
ギネス世界記録を管轄するギネスワールドレコーズ社は、この戸籍上の矛盾を重く見て、2011年版から泉重千代の記録を正式に抹消した。さらに2012年には、当時のギネス公式見解として「泉重千代の生年を示す証拠は不十分」との判断が示されている。これは単なる「疑惑」ではなく、国際的な記録機関が事実上、泉重千代の長寿記録を否定したことを意味した。